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『できないのではなく、やり方が変わった』〜誰かと一緒ならできることがある~ ー前編 ー

tsumugi

弊社のサービスのケア・支援についてお伝えしたいと思います。
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こちら☝の数が増えるだけ、GRASPismを発信したというシンボルにしたいと思いますので、お付き合いの程お願いいたします(笑)

2026年3回目のシリーズは、「できないのではなく、やり方が変わった」についてです。

認知症によって、これまでと同じ方法では難しくなることがあります。
しかし、それは能力や意欲のすべてが失われたということなのでしょうか。

時間をかける。手順を変える。道具を使う。安心できる人と一緒に行う。
本人の力が発揮される条件を整えることで、今もできることが見つかるかもしれません。

このシリーズでは、「できる・できない」という結果だけではなく、その人が力を発揮できる方法や環境について考えていきます。それでは、第5回をお楽しみください。

誰かと一緒なら、できることがある

一人では、なかなか始められない。
「やってみましょう」と声をかけても、「いや、いいよ」「できないから」と断る。
そんな姿を見ると、「もう難しいのかな」と思うことがあります。

ところが、信頼している人が隣に座り、「一緒にやってみましょうか」と声をかけると、少しずつ手が動き始める。
もしかすると、足りなかったのは能力ではなく、“安心”だったのかもしれません。

■ 私たちにも「一人では不安」がある

初めて行く場所。初めての仕事。大勢の前での発表。

能力的にはできることでも、「間違えたらどうしよう」「これで合っているのかな」という不安があると、最初の一歩が出にくくなります。

でも、そこに、「大丈夫ですよ」「一緒にやりましょう」と言ってくれる人がいると、挑戦できることがあります。
誰かが一緒にいることで能力が増えたのではなく、持っていた力を出しやすくなったのです。

■ 「できない」と「不安でできない」は違う

認知症によって、以前できていたことでも、「これで合っているのかな」という不安が生まれることがあります。
何をするのか分からない。途中で分からなくなるかもしれない。失敗したら恥ずかしい。
そんな経験が積み重なると、「やらない」という選択をすることもあります。

「やりたくない」のではなく、「失敗するのが怖い」のかもしれません。
だからこそ、行動だけを見て「できない」と判断しないことが大切です。

■ 隣にいる人が「大丈夫」を伝えている

そんなとき、安心できる人が隣にいることには意味があります。

全部を教えなくてもいい。全部を手伝わなくてもいい。困ったときには助けてもらえる。
分からなくなっても大丈夫。失敗しても責められない。
そう思える人がそばにいるだけで、本人が挑戦しやすくなることがあります。

その人の存在そのものが「大丈夫」を伝えている。そんな支援もあるのだと思います。

■ 「人」も環境の一つ

同じ活動、同じ場所、同じ説明でも、「誰と一緒なのか」によって、本人の様子が変わることがあります。

ある人となら自分から話す。ある人となら挑戦できる。ある人には「分からない」と言える。
ある人となら失敗しても笑える。
私たち支援者もまた、本人の力を発揮しやすくも、発揮しにくくもする「環境」の一部なのだと思います。

■ 最後に

一人ではできない。でも、誰かと一緒ならできる。
それを、「結局、一人ではできない」と見るのか、「安心できる人がいれば、ここまでできる」と見るのか。

人は、いつも一人の力だけで生きているわけではありません。
私たちだって、誰かに背中を押してもらったから挑戦できたことがあります。

だから、誰かと一緒ならできることも、その人の「できること」。
何をしてあげるかだけではなく、どんな存在として隣にいるのか。

そこにも、支援の大切な意味があるのではないでしょうか。


誰かと一緒なら、できることがある。こんな考え方が他にもあります、現在活用中です、最新のデータから読み解くとこうなります。等、みなさまからの情報がありましたら教えてもらえるとうれしいです(^^♪

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