『家族の本音・想い』〜「頑張れ」と言われるのが、つらかった日の話~
弊社のサービスのケア・支援についてお伝えしたいと思います。
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こちら☝の数が増えるだけ、GRASPismを発信したというシンボルにしたいと思いますので、お付き合いの程お願いいたします(笑)
2026年最初のシリーズは「ご家族の本音・想い」についてです。支援といっても私たちにできることはほとんどありません。ただこれまでの10年と200名を超えるご本人の声を伺ってきた経験を、そっとご案内することしか…
今回からは、『抱え込みの構造をほどく』内容をお伝えします。それでは、第8回目お楽しみください。
※こちらの内容は、これまでのGRASPの経験から描いたフィクションです。ですが、確からしさを詰めてお届けします。
「頑張れ」と言われるのが、つらかった日の話


「頑張ってるね」、「本当にすごいよ」、「無理しないで、でも頑張って」
どれも、優しさから出た言葉でした。
それなのに、その日は、どうしてもつらかった。
胸の奥が詰まる感じがしたのです。
■ 応援が、追い詰める瞬間

頑張れ。
その言葉を聞いた瞬間、ふと、思ってしまった。
〝これ以上、どう頑張ればいいんだろう〟
もう十分やっている。もう限界に近い。
でも、「頑張れ」と言われると、まだ足りない気がしてしまう。
応援のはずなのに、なぜか逃げ場がなくなる。
やめたいとも言えない。
立ち止まりたいとも言えない。
頑張れと言われたその日、「もう頑張れない」と言えなかった。
■ 善意の言葉が、重くのしかかる


若年性認知症の妻を支える、50代の男性。
ある日、職場の同僚に言われました。
「本当に大変だよな。でもお前なら大丈夫だよ。頑張れよ」
彼は笑って、「もちろん頑張るよ」と答えました。
でも、その夜、一人になったとき、こう思ったそうです。
〝もう、十分頑張ってるんだけどな〟
別のケースでは、母を介護する30代の娘さん。
久しぶりに会った友人に言われました。
「えらいね。ほんと尊敬する。頑張ってね」
その瞬間、胸の奥に重たいものが落ちた。
〝尊敬されるほど、余裕ないのに〟
〝えらいって言われるほど、ちゃんとしてないのに〟
言葉は優しい。
気持ちもありがたい。
でも、「頑張れ」は、ときに立ち止まる選択肢を消してしまう。
■ なぜ、応援が苦しくなるのか

「頑張れ」は、前に進むための言葉です。
でも、すでに限界まで前に進んでいる人にとっては、
その言葉は〝さらに押される力〟になります。
介護は、短距離走ではありません。
終わりが見えない。休憩ポイントもわからない。ゴールが見えない(設定しにくい)。
その中で、ずっと走り続けている人に「頑張れ」と言うことは、ときに、
「止まらないで」と言うことに近い。
■ 支援とは、背中を押すことだけじゃない

支援は、背中を押すことだけではありません。
ときには、「少し座ろう」「今日はここまでにしよう」「頑張らなくても大丈夫」
そう言ってくれる存在が、本当の支えになることがあります。
前に進ませることよりも、止まってもいいと許してくれること。時には戻ることも。
それは、弱くなることではありません。
むしろ、長く続けるために必要な力です。
■ 最後に

もし、「頑張れ」がつらかった経験があるなら、それはあなたがひねくれているからでも、感謝が足りないからでもありません。
あなたが、もう十分頑張っているからです。
これ以上、無理に背中を押されなくてもいい。
ときには、立ち止まること、戻ること(振り返る)も勇気に繋がる支援です。
「頑張れ」と言われるのが、つらかった日の話。こんな考え方が他にもあります、現在活用中です、最新のデータから読み解くとこうなります。等、みなさまからの情報がありましたら教えてもらえるとうれしいです(^^♪
