GrASP ism

『それ、私たちにも起きていること』〜“理解する”とは何か~

tsumugi

弊社のサービスのケア・支援についてお伝えしたいと思います。
パート☝☝☝☝☝☝☝☝☝☝、☝☝☝☝☝☝☝☝☝☝、☝☝☝☝☝☝☝☝☝☝、☝☝☝☝☝☝☝☝☝☝、☝☝☝☝☝☝☝☝☝☝、☝☝☝☝☝☝☝☝☝☝、☝☝☝☝☝☝☝☝☝☝、☝☝☝☝☝☝☝☝☝☝、☝☝☝☝☝☝☝☝☝☝、☝☝☝☝☝☝☝☝☝☝、☝☝☝☝☝☝☝☝☝☝、☝☝☝☝です!

こちら☝の数が増えるだけ、GRASPismを発信したというシンボルにしたいと思いますので、お付き合いの程お願いいたします(笑)

2026年3回目のシリーズは、「できないのではなく、やり方が変わった」についてです。
認知症によって、これまでと同じ方法では難しくなることがあります。
しかし、それは能力や意欲のすべてが失われたということなのでしょうか。

時間をかける。手順を変える。道具を使う。安心できる人と一緒に行う。
本人の力が発揮される条件を整えることで、今もできることが見つかるかもしれません。

このシリーズでは、「できる・できない」という結果だけではなく、その人が力を発揮できる方法や環境について考えていきます。それでは、第1回をお楽しみください。


「できない」と判断される瞬間

「もう、これはできないですね」

私たちは、誰かが一度うまくできなかった姿を見たとき、そう判断してしまうことがあります。
説明しても動けなかった。いつもと違う手順になった。途中で止まってしまった。失敗してしまった。
その場面だけを見ると、「できなくなった」と感じるかもしれません。

でも、本当にその人の能力が失われたのでしょうか。
もしかすると、できなかったのではなく、そのときは力を発揮できなかっただけなのかもしれません。


■ 私たちも、いつでも同じようにできるわけではない

例えば、こんな経験はありませんか。

大勢の人が見ている前で、何かを説明する。
普段なら分かっていることなのに、緊張して言葉が出てこない。
仕事が重なり、疲れている日に新しい作業を頼まれる。
説明を聞いているつもりでも、頭に入ってこない。
急かされながら作業をすると、普段ならしないような間違いをしてしまう。

そして、あとから思います。「落ち着いてやれば、できたのに」

私たちも、その日の体調や気持ち、周囲の環境によって、できることが変わっています。
一度できなかったからといって、それだけで能力がなくなったとは考えません。


■ 「できなかった」には、いくつもの理由がある

ある活動がうまくいかなかったとき、その理由は一つとは限りません。

・緊張していた ・疲れていた ・周囲が騒がしかった ・一度に伝えられる情報が多かった
・説明の言葉が分かりにくかった ・手順がいつもと違っていた ・失敗することへの不安があった
・何を求められているのか分からなかった

こうした条件が重なると、私たちも本来持っている力を発揮しにくくなります。認知症の人も同じです。
できなかった結果だけを見ていると、その背景にある理由を見落としてしまいます。


■ 一つの場面が、その人のすべてではない

例えば、料理をしていた人が、調理の途中で手順が分からなくなったとします。
その姿を見て、「もう料理はできない」と判断してしまうことがあります。

でも、よく見てみると、材料を切ることはできる。
盛りつけることはできる。味見をして、好みを伝えることもできる。

すべての工程を一人で行うことは難しくなっていても、できる部分まで失われたわけではありません。一つの活動が完成しなかったことと、その人に何もできないことは、同じではないのです。


■ 「できる・できない」の二つだけで見ない、二軸ではない

私たちは、物事を分かりやすくするために、「できる」「できない」の二つに分けて考えることがあります。

でも、人の力はそれほど単純ではありません。一人では難しいけれど、声をかけてもらえばできる。最初のきっかけがあれば、その先はできる。写真や見本があればできる。ゆっくり待ってもらえればできる。
慣れた場所ならできる。

つまり、その人の力は、本人の中だけで決まるのではなく、周囲の関わりや環境によって変わるものなのです。

能力は二軸で決まるわけではなく、できるとできないの間にはグラデーションが存在します。


■ 私たちが「できない状態」をつくっていることもある

少し厳しく聞こえるかもしれません。
でも、支援する側の関わりによって、本人ができなくなっているように見えることもあります。

早口で説明する。一度にいくつものことを伝える。考える前に答えを教える。失敗しそうになると、すぐに手を出す。本人が動き出す前に、代わりに行ってしまう。

支援者には、困らせたくない、失敗させたくないという思いがあります。
しかし、その親切によって、本人が考える時間や試す機会を奪ってしまうこともあります。
そして、私たちが先に行うほど、本人の「できること」は見えにくくなっていきます。


■ 「できない」と決める前に、条件を見直す

本人がうまくできなかったとき、すぐに能力の問題だと考えるのではなく、少し立ち止まってみる。

時間は十分にあっただろうか。説明は伝わりやすかっただろうか。周囲は落ち着ける環境だっただろうか。
本人は疲れていなかっただろうか。作業の量や手順は、その人に合っていただろうか。

何か一つ変えるだけで、できることがあるかもしれません。

大切なのは、「なぜできないのか」と本人に原因を求めることではなく、「どうすれば力を発揮できるのか」を一緒に考えることなのだと思います。

■ 最後に

一度うまくいかなかった姿を見て、「もうできない」と判断することは簡単です。
でも、その一場面だけで、その人の能力のすべてを決めることはできません。
できなかったのではなく、時間が足りなかったのかもしれない。説明が合っていなかったのかもしれない。
不安や緊張が強かったのかもしれない。環境が、その人の力を発揮しにくくしていたのかもしれない。

だからこそ、「できるか、できないか」を判断する前に、今日だけはうまくいかなかったのかもしれない。

「どのような条件ならできるのか」を探してみる。

その視点が、本人の中に残されている力を見つける第一歩になるのではないでしょうか。


「できない」と判断される瞬間。こんな考え方が他にもあります、現在活用中です、最新のデータから読み解くとこうなります。等、みなさまからの情報がありましたら教えてもらえるとうれしいです(^^♪

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