『家族の本音・想い』〜男性(家族)が介護をひとりで抱え込んでしまう理由
弊社のサービスのケア・支援についてお伝えしたいと思います。
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こちら☝の数が増えるだけ、GRASPismを発信したというシンボルにしたいと思いますので、お付き合いの程お願いいたします(笑)
2026年最初のシリーズは「ご家族の本音・想い」についてです。支援といっても私たちにできることはほとんどありません。ただこれまでの10年と200名を超えるご本人の声を伺ってきた経験を、そっとご案内することしか…
今回からは、『抱え込みの構造をほどく』内容をお伝えします。それでは、第5回目お楽しみください。
※こちらの内容は、これまでのGRASPの経験から描いたフィクションです。ですが、確からしさを詰めてお届けします。
男性(家族)が介護をひとりで抱え込んでしまう理由


「任せられないわけじゃないんです」そう言ったあと、少し間がありました。
「ただ…自分でやったほうが早いんですよね」
その言葉の奥には、疲れと、責任と、少しの諦めが混ざっていました。
■ 誰にも任せられない感覚


介護をしていると、気づけば“自分が判断する人”になっています。
病院をどこにするか。
手続きはどう進めるか。
薬をどう管理するか。
今日は外出できるか。
今、この状態は様子を見るべきか、相談すべきか。
小さなことから、大きなことまで。
最初は「一緒に考えていた」はずなのに、いつの間にか、自分が決める側になっている。
そして、その立場から降りるのが、少し怖くなる。
任せられないというより、任せることが、申し訳なく感じる。
「自分がやるべきなんじゃないか」、「ここで弱ったら、誰が支えるんだ」
そんな思いが、どこかにある。
■ 〝判断役〟を引き受け続けた日々


若年性認知症の妻を支える、50代の男性。
最初は、診察の付き添いだけのつもりでした。
でも次第に、診断内容の理解、治療方針の選択、仕事との調整、両親への説明、子どもへの伝え方。
すべての“説明役”が、彼になりました。
ある日、ケアマネジャーから「どうしますか?」と聞かれたとき、彼はこう思ったそうです。
「俺に聞かれても、わからない」こころの声はこの通り
でも、口から出たのは「じゃあ、それでお願いします」でした。
判断できる人でいなければならない。
迷っている顔を見せてはいけない。
そうやって、迷いを外に出さない習慣ができていきました。
別のケースでは、親を介護する30代の息子。
兄弟はいるけれど、最終的な決断は、いつも彼に回ってくる。
「一緒に住んでるから、お前に任せるよ」、「お前が決めていい、一番わかってるから」
その言葉は信頼でもあり、同時に責任を背負わされている感覚にもなりました。
「相談」というより、〝最終決定者〟になっていたのです。
■ なぜ、抱え込んでしまうのか

抱え込みは、強い意志の選択ではないことが多い。
気づいたら、そのポジションに立っていた。
・仕事でも判断する立場
・家庭でもまとめる立場
・支援の場でも落ち着いている人
そうした役割を背負っていると、自然と〝決定者〟になっていく。
そして、決める人は、弱音を言いにくい。
迷っている姿を見せることが、誰かを不安にさせる気がしてしまう。
だから、自分の中で処理する。それが繰り返されるうちに、抱え込みは習慣になる。
■ 抱え込みは“選択”ではなく“構造”

「もっと人に頼ればよかった」そう思うことがあるかもしれません。
でも実際は、頼らなかったのではなく、頼れない構造の中にいたことが多いのです。
・頼られる立場
・判断を期待される立場
・感情より結果を求められる立場
その中で、一人で引き受けることが“自然”になっていった。
それは性格の問題ではありません。
強がりでもありません。そうせざるを得なかった環境の積み重ねです。
■ 最後に

もし今、「自分ばかりが抱えている気がする」と感じているなら、
それはあなたが弱いからではありません。
ここまで、判断と責任を引き受け続けてきた証拠です。
でも、判断を一人で背負い続ける必要は、本当はない。
迷ってもいい。
決められなくてもいい。
「わからない」と言ってもいい。
「男性(家族)が介護をひとりで抱え込んでしまう理由」。こんな考え方が他にもあります、現在活用中です、最新のデータから読み解くとこうなります。等、みなさまからの情報がありましたら教えてもらえるとうれしいです(^^♪
